SMILEとわたしたち
Sub-MeV/MeV gamma-ray Imaging Loaded-on-balloon Experiment(SMILE)は、電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC)を用いてMeVガンマ線を観測する気球実験です。これまでに、ETCCの原理検証実験であるSMILE-I(2006)、気球にETCCを搭載した実証実験SMILE-2+(2018)などが京都大学によって実施されてきました。現在計画が進行しているSMILE-3ではETCCを気球に搭載した科学観測を目標としており、2027年春に予定されているオーストラリアでの気球フライトに向け研究・開発を進めています。
SMILE-3は、京都大学と山形大学の他にも様々な大学・研究機関が連携してプロジェクトを進行しています。それぞれが得意とすることを分担することでよりよい研究が行われており、わたしたちは半導体光センサを使用するPSA検出部の開発を主としてプロジェクトに参加しています。
“検出器の開発”と一言にまとめられてしまいますが、
・回路基板の作成
・作成した基板を動作させるプログラムの作成
・基板の動作確認
・検出器の効率化や高精度化
・測定データの解析
など、工作をしたり、手を動かして実験をしたり、パソコンと向き合って作業をしたり、さまざまな形の研究があります。
SMILEが狙うMeVガンマ線は未だに謎に包まれたエネルギー領域です。宇宙の謎を解き明かす可能性を秘めた領域を開拓するプロジェクトがSMILEです。以下ではMeVガンマ線や検出器について少しだけ詳しい説明と、わたしたちの研究について紹介します。
MeVガンマ線
電磁波は、光子の持つエネルギーによって様々な名称が付けられています。私たちが肉眼で見ている光は「可視光」とよばれ、数eV程度のエネルギーを持つ光子です。この可視光よりも非常に大きなエネルギーを持った光子を「ガンマ線」と呼んでいます。特に、可視光のエネルギーの100万倍に相当する、\(10^6\) eV程度のエネルギーを持ったガンマ線は「MeVガンマ線」と呼ばれ、宇宙の謎を解き明かす手がかりとなることが期待される魅力的な分野です。
MeVガンマ線によって解明が期待される謎のひとつに暗黒物質(Dark Matter, DM)が挙げられます。宇宙のエネルギーの約1/4は暗黒物質によるものだと考えられていますが、観測が非常に困難であるために存在は確かなものだとされながらその正体は未だに不明です。現在、暗黒物質の候補として考えられているものの中には消滅時にMeVスケールのガンマ線を放出すると考えられているモデルがあり、MeVガンマ線観測によって暗黒物質の正体を突き止めることが可能かもしれません。
また、放射性同位体の崩壊時に生じるガンマ線の多くがMeVスケールのエネルギーであり、これらの核ガンマ線の観測も可能です。適切な半減期を持つ放射性同位体に由来する放射を観測することで、銀河内で物質がどのように拡散されているのかを知る手がかりとなります。
このように科学的に重要な役割を持つMeVガンマ線ですが、他のエネルギー帯と比較するといまだに観測が進んでいない領域でもあります。この原因には、ガンマ線と物質の相互作用が深く関係しています。
ガンマ線と物質の相互作用には以下の3種類が存在します。
1. 光電吸収
2. コンプトン散乱
3. 電子・陽電子対生成
これらの相互作用のうちMeV程度のエネルギーを持つガンマ線が起こす確率が最も高い、コンプトン散乱を利用した観測手法がこれまでに活用されてきました。
コンプトン散乱は物質中に存在する電子がガンマ線によって弾き飛ばされる現象で、ガンマ線は電子に衝突することでエネルギーを失うとともに進行方向が変化(散乱)します。このとき生じた電子を反跳電子(もしくは散乱電子)、進行方向が変化した角度を散乱角と呼びます。コンプトン散乱を起こした後のガンマ線のエネルギー\( E’ \)と散乱角\( \phi \)にはある定まった関係があり、$$ E’ = \frac{E_0}{1 + \frac{E_0}{m_e c^2} (1 – \cos \phi)} \tag{1}$$として表されます。
従来のコンプトンカメラの構造と問題点
コンプトン散乱を利用してMeVガンマ線を観測する検出器はコンプトンカメラと呼ばれ、これまでのMeVガンマ線観測で最も大きな成果を挙げたCGRO/COMPTELにも使用されました。コンプトンカメラは主に2つの検出部で構成され、それぞれ散乱体と吸収体と呼ばれます。散乱体は入射してきたガンマ線をコンプトン散乱させる役割を持ち、散乱位置と生じた反跳電子のエネルギーを測定します。吸収体は散乱ガンマ線を吸収する役割をもち、吸収位置と散乱ガンマ線のエネルギーを測定します。前述したように、コンプトン散乱によってガンマ線が落とすエネルギーと散乱角を計算によって求めることができ、散乱体で測定したエネルギー(\(E_1\))と吸収体で測定したエネルギー(\(E_2\))から、$$ \cos \phi = 1 – m_ec^2 \left( \frac{1}{E_2} – \frac{1}{E_1 + E_2}\right) \tag{2}$$としてコンプトン散乱角\(\phi\)を得ることができます。
しかし、従来コンプトン法では電子の反跳方向を測定することができないことで、コンプトン散乱が起きた平面を知ることができませんでした。(2)式より散乱角\( \phi \)は定まるものの、散乱平面を決定するパラメータ\( \psi \)に対して丸々1周分の自由度があります。したがって、従来のコンプトンカメラではガンマ線の到来方向を一点に決定することができず、円環状にしか制限することができませんでした(下図 左)。したがって、星などのMeVガンマ線源の位置を求めるためにはいくつかの観測データから得られた円環を使って重なり合う場所を探す必要があります(下図 右)。これは非常に大きな問題で、この方法では実際には星やMeVガンマ線源が存在しないにも関わらず円環が重なってしまう場所(ghost)が発生し、観測感度を下げる一因となってしまいます。

ETCC
SMILEでは、電子飛跡検出型コンプトンカメラ (Electron-tracking Compton camera, ETCC) を開発しています。ETCCは従来のコンプトンカメラと同様に、散乱体となるガス飛跡検出器(TPC)と吸収体となるピクセルシンチレータアレイ検出器(TPC)の2つの検出部で構成されています。
ETCCは散乱体にガス検出器を使用するためにコンプトン散乱によって生じた反跳電子の飛跡が検出可能です。そのため、反跳電子が飛ばされた方向を求めることができ、コンプトン運動学を完全に解くことでガンマ線の入射方向を一点に決定することができます。これは従来のコンプトンカメラとは一線を画す、ETCCの大きなメリットです。

PSAの開発
私たちは主にETCCで使用されるピクセルシンチレータアレイ検出器(PSA)の開発をしています。
シンチレータとは、ガンマ線や荷電粒子が通過したときのエネルギーを吸収し光へと変換する物質の総称です。現在のPSAでは、\( \rm{Ge_2SiO_5 ( Ce )} \)シンチレータ(GSO(Ce)シンチレータ)を使用しています。密度が高く、原子番号の大きいGSO(Ce)シンチレータはガンマ線の検出に適したシンチレータです。
GSO(Ce)シンチレータがガンマ線のエネルギーを吸収したときに発する光はシンチレーション光と呼ばれますが、これは非常に微弱な光であることに加え、ガンマ線のエネルギーを測定するためには光量を定量的に記録する必要があり、人間が肉眼で観測することはできません。そこで、半導体光センサであるMPPCを用いてシンチレーション光を検出しています。MPPCは
ETCCで観測できるエネルギー範囲を決定する重要な検出部です。